'TORAY'Innovation by Chemistry

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DCAは東レが文化支援の一環として主催するコンピュータ・ピクチャーの公募展です。

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第1回 河口洋一郎さん
長い暗黒時代・・
大学ご卒業後は、東京の大学院に進学されてそのままCGを続けられるわけですが、
進路への迷いなどはなかったのでしょうか。
うーん。迷いがなかった、というか、僕の「やりたいこと」と「社会で働くこと」とがまったく結びつかなくてね。しかも当時の九州芸術工科大学というところは純粋に芸術を追及するところじゃなくて、いわゆる芸術工学を学ぶところだったから、もうちょっと純粋に創造的なアートをやろうと思ってね。
とにかく親に迷惑をなるべくかけないように、学費の安い国立の大学院を探していたら、僕がCGでやりたいことに近いことを手描きでやっているコースが東京教育大学(現、筑波大学)の美術学専攻にあったので、そこの大学院を受けたんです。
そこで引き続きCGをされていたわけですね。
いやいや、そこからが苦難の道。大学院は手描きの授業だから、もちろんコンピュータがない。当時何千万もするものだったから、買ってもらえるわけないし。それで困っちゃってね。そしたらたまたま東大の計算機センターにコンピュータがあることを知って、すぐに訪ねていったんだけど、使用料が秒単位で何十円も取られるんですよ。数時間使うと何十万円、という(笑)。困りましたよ。
それでどうされたんですか。
その頃のアートの教育は全部手描きで、道具としては定規・コンパス等を使ってやっていたから、CGはまだそれほど知られていないんだよね。たまたま工業デザインのコースの先生と飲んでいたら、「CGをやりたいんだったら通産省の工業技術院製品科学研究所を訪ねていけばいい」と紹介されたんです。酒の取り持つ縁ですよ(笑)。その研究所は、いわゆるCADのようなもので製品デザインを研究していたところだったんだけど、行ってみたら、大学で使っていたコンピュータの同じ機種で、しかもひとつ上位機種のマシンがボーンと置いてあったんですよ! それをどうしても使いたくてね、「バイトかなんかありませんか?」 と聞いてみたら、「明日から研究生として来ていいよ」とあっさり言われて(笑)。仕事を手伝いながら割りと自由に使える環境になったんですよ。
この研究所でようやく大学の学部の頃の研究とつながったの。ここで切れていたら、今の僕はなかったかもしれない。もう本当に人生綱渡りでしょ(笑)。
大学院に通いながら、研究所でCGをされていたんですか。
大学院での手描きの造形の課題と研究所でやることとは、まったく別の次元だから、その二股に本当に悩まされましたよー。両方から色々なことを言われてね。大学院では「なんで芸術に数学を持ち込むのか」とか、「このクラスに一人ガン細胞がいる」とか(笑)。当時の芸術と言えば手描きばかりだったから、完全に異分子と捉えられちゃってね。一方、研究所では「なんで、定規・コンパスで手描き作品をやってるんだ!」と言われるし(笑)。伝統的なアート教育と、最先端のメディア造形の研究とでは、かみ合わなかったんだよね。
時間がたらずにほんと地獄でしたよ。まさに暗黒時代(笑)。
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